大德寺昭輝の部屋
生きる
2025年1月9日
弘法大師の言葉を思いながら、人生と言うものを考えてみる。人が生まれると言う事は何のために生まれるのか、人が死ぬ事は何のために死ぬのか。弘法大師は常に大日如来この宇宙の根元神に向かい合い考えた。
「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終りに冥し」
そしてその言葉が生まれた
私も45年多くの人の悩みを聞き、苦しみ、喜び、叫びを聞いてきた。何が正しいのか、何が答えなのかはわからない。ただ思う事はこの地上で経験するあらゆることに「意味がある」と言うこと。その意味あることを恨まず、恐れず価値あるものにしていくことが大切ではないかと思う。死ぬという事はどういうことなのか生まれるとは?人生とはどういう意味があるのだろか。人生の中にある「道」と言うものを深く考えなければいけない。私たちは見えざる。大きな意識の中で、生きている。出会いもあれば。別れもある。別れもあれば、出会いもある。全ては、見えない縁によって、結ばれている。だからこそこの世の価値観、教えを学び歩いて行かなければならない。